「2004年のイラク人質事件の際、社会に吹き荒れた自己責任論に違和感を覚えたことが、すべての始まりでした」。
そう語るのは、豊島区議会議員の塚田ひさこさん。
メディアづくりを経て政治の世界へ飛び込んだ塚田さんに、大塚の街づくりへの想いを聞きました。
今回のインタビューでは、そうした歩みの背景にある出来事や、区議会議員として大切にしていること、そして豊島区・大塚への想いなどについてお話を伺いました。
震災やウェブマガジンの立ち上げに参画したことが区議会議員として活動するようになったきっかけ

もともとは編集の仕事をしていました。仕事では社会問題とか政治のことを扱っていたけれども、地域のことを全然知らないまま生きていました。
でも、2011年3月11日の東日本大震災がきっかけで、「これからはもっと積極的に地域と関わりたい」と思うようになり、地域の集まりや活動に関わるようになりました。
あとは、2004年に日本人が人道支援のために海外へ行き、その国で誘拐されて帰国できなくなる事件がありましたよね。
それまで私は、どんな状況下でも国が人命救助を全力で行う、という考えが基本だと思っていたんですが、社会の中や自分の周りで「行った人間の自己責任だ」という声が強く広がったんです。
そのとき、自分が思っていたあるべき日本と今の国の姿が違ってきているのではないかと感じて、大きな衝撃を受けました。
その時、私は編集企画やライターをやっていたんですけど、仕事仲間に「これはおかしくないか」という話をしたら、「もしそういうことを考えているなら、憲法や社会問題を扱う新しいメディアを立ち上げる動きがあるからそこに参加しない?」と声をかけてくれたんです。それが、2005年に立ち上がった「マガジン9」という今もあるメディアです。
そのメディアづくりに参画したのが、自分から意識的に政治や憲法について考えるきっかけになりました。日本国憲法がどのように作られたのかとか、知識としてどんどん吸収していくことがすごく面白くて、それに夢中になりました。
そうした中で、立候補を打診されました。悩みましたが、「女性が決定権のある場所に行けるチャンスが来た時は、断ってはいけない」と、私自身がジェンダー平等実現の観点からも訴えていたので、断るのも違うかなと考え、選挙を経て区議会に入ったという経緯があります。
主権者の代表として、地域の方の声を聞くことを大切に

仕事の内容は時期によって異なります。
その中でも、2月、6月、9月、11月の年4回開かれる定例会というものがあり、その定例会では区が行おうとしている施策が議案という形で提案され、私たち区議会議員が審査するというすごく重要な仕事があります。
今はちょうど、令和8年度の予算と事業内容を審議し議決をする予算委員会の最中ですね。今日は委員会のない日なので、今日のように地域をまわり、直接声を聞いたりしています。
その中で大事にしているのは、地域の方が何を望んでいるのか、何が必要なのかということを聞くことです。
また、区議会議員の活動をする中で大切にしているのは、私たちはあくまでも主権者である区民の代弁者ということです。
よく、議会に入ると職員の人たちがみんな私たち議員のことを「先生」と呼ぶんです。
ですが、私は自分のことを先生だなんて思わないし、周囲の人にもそう呼ばないようお願いしています。
「先生と呼ばれることに慣れてしまわないように」と自分にもいつも言い聞かせています。
たまたま今、この「区議会議員」という役割をもらってやっているだけで、ずっと続ける「職業」ではないと捉えています。
地域の方の声があってこそ、相談内容を議会で提案できる

豊島区全域に住む人々から日々いろいろな相談があって、中にはとても深刻な相談もあります。
たとえば、事情があって貯金が全てなくなってしまい、生活保護を受けているけれど今住んでいる家からは立ち退きをせざるを得ない。
引き続き豊島区に住みたいけれど家賃が高くて住めない、といったご相談を最近いただきました。
このような場合、一定の条件を満たせば、区が住宅確保に困っている人向けに用意している支援制度を利用できます。相談に来られた方にはまずそれをお伝えするんですが、その方の状況によっては、役所の方から「医療施設が併設された老人ホームが良いのではないか、郊外になるけれど」と提案されると、本人は本心では、今住んでいる場所から離れたくないけれど、住むことになります。
わけあって今の家を出なければならないけれど、豊島区には住み続けたいと思っている方々の受け皿となる区営の住宅や施設が少ないことは、区が抱えるリアルな課題の一つだと思っています。
そのような話を聞いて、私たち区議会議員が、区の基本構想の一つでもある「住み慣れた地域で、安心して暮らし続けることができる」を実現するために、本当に必要なものは何なのか、やはり公的な住まいが、もっとあるべきではないか」と要望を出したりするわけです。
地域の方の声があってこそ私たちが具体的に提案できるから、そのような声はすごく大切なんです。
多くの魅力がある豊島区の住民と一緒に街づくりが出来るように

豊島区内のエリアで特に良いなと思うのは、「近代建築の三大巨匠」と呼ばれているアメリカ人の建築家、フランク・ロイド・ライト設計の自由学園明日館ですね。
あとは、そのすぐ近くに婦人之友社というとても伝統のある出版社があるんですが、その建物もライトの建築思想を受け継ぐ弟子として、ライトから信頼されていたという遠藤新という人が作ったんです。建物自体が豊島区の重要文化財になっていてとても綺麗な場所なんですよ。
大塚で好きなお店は、漢方専門薬局の『氣生薬局』です。もともと新宿三丁目にお店があった時からの付き合いなのですが、女性社長でもある薬剤師さんが大塚に縁があって出店したお店です。地域に貢献したいという想いでお仕事をされている方です。
地域の課題には、再開発の問題があります。池袋駅西口の再開発が2040年完成目標で決まっていますが、そのころには人口も減っているだろうし、状況が変わっているはずです。
特色ある良い商店街があったのに無くなって、チェーン店や高層ビルばかりになってしまうのもどうかと思うし、その影響で、ビル風が強くなったり、地価が上がったり、周りが影になってしまうことへの懸念もあります。
今は街づくりや再開発の計画決定がトップダウンで決められているので、住民とともにボトムアップの街づくりが出来る仕組みを作っていかなければと思います。
まちは、地域にくらす、わたしたちのものですから。
大塚をひとことで表すと?

『ちんちん電車の走るまち 新しさとレトロが混在する魅力』
活動拠点の高田から大塚へは、都電で1本で行けるんですよ。ここから大塚へ行って、大塚からまたどこかへ行くというのはよくあります。
あと、大塚には駅前に広場があって、イベントが開かれたり、ただ座っていられたりするベンチがありますよね。こういった空間は今あまりないので貴重な場所だと思います。
高田中央町会集会室で開かれている『街の縁側』とは?

今回取材場所として提供してくださったのが高田中央町会集会室で開かれている『街の縁側』という地域のコミュニティです。
そんな『街の縁側』の魅力をお伺いしました。
『街の縁側』は、地域の人が集まっておしゃべりをして、街の人たちがつながる場所です。第2・4水曜日に開催していて、集まった人たちで情報交換したり、小学生や中学生が学校帰りに来て喋ったり、留学生も来たりしています。
普通、こういうサロンを開くと「お名前を登録してください」とかそういうルールがあるけれど、ここは一切ありません。散歩の途中に寄ってみようという感じで、気軽に立ち寄れる場所です。やっぱり、家にこもっているよりも誰かと話せる場所があるのは良いことですよね。

