ピンクのスーツがトレードマークの豊島区議会議員の入江あゆみさん。
今回のインタビューでは、現在豊島区議会議員2期目として活躍されている入江さんに、ご自身のバックグラウンドや現在の政治活動についてお聞きしました。
幼い頃の生きづらさを支えてくれたサブカル文化に憧れて

出身は静岡県湖西市というところで、母子家庭で育ちました。
子どもの頃はあまり学校に馴染めず、少し生きづらさを感じていましたが、アニメや音楽などのサブカル文化が好きで、辛いときに元気をもらっていました。
特に子どもの頃から大人になった今でもずっと好きなアニメが「セーラームーン」です。
他にも「スレイヤーズ」や「ひぐらしのなく頃に」など、かわいい女の子が出てくるアニメが好きですね。
東京に上京してからは、自分が子どもの頃に元気をもらっていたサブカル文化で誰かを笑顔にできる存在になりたいと思い、地下アイドルとして活動をしたり、秋葉原のメイド喫茶で働いたりしていました。
メイド喫茶などのエンタメ要素のある仕事に対して、最初はキラキラしているイメージしか持っていませんでしたが、いざやってみるとチラシ配りなどの地道な業務やハードな部分が多くありましたね。
今でも選挙活動などでチラシ配りをする際はメイド喫茶をやっていた頃のチラシ配りのスキルを活かせています。
自分なりのコツがあって、来る人の目をしっかり見て、元気にご挨拶すると、より多く受け取っていただける気がしています。
これまでは政治と全く縁がない人生を送ってきていて、むしろ堅苦しくて難しいものというイメージを政治に対して感じていました。
自分と似た生い立ちを持つ人物と出会ったことで政治の世界へ

これまでの政治に対するイメージが一気に変わったきっかけが、ある女性議員に出会ったことです。
初めて出会った時の彼女はまだ一人のシングルマザーで、自分と似たような生い立ちを持つ彼女に仲間意識を感じつつも、元気でフランクなお姉さんという認識しかありませんでした。
けれど、2回目に会った時には選挙に出てそのまま議員になっていたんです。
こういう人も議員になるんだと思って、初めて政治を身近に感じました。
それからはこれまで気にしたことがなかったニュースや政治に関する情報を調べるようになりました。
色々なことをどんどん調べていって、子ども時代に感じていた生きづらさや母子家庭で育った苦労など、昔の自分が不平に感じていたことについても調べ始めました。
そして、自分が子どもだった時から何年も経っているのに、ひとり親の支援などがあまり広がっていないということに当時の私は衝撃を受けました。
昔とあまり変わっていない要因には、政治に関わる人の中に子供を育てている女性やひとり親で苦労している方が少ないというのがあるかもしれない、など深く考えていました。その中で、もしかしたら自分も昔の自分のように生きづらさを感じている誰かの代弁者になれるかもしれないと思い、政治家を志すようになりました。
豊島区を選んだ理由は、上京する前から自分の趣味に合った街だと感じていたことと、実際に住んでみて、ますます好きになったからです。特に池袋は昔からアニメの街としても盛り上がっていて、ライブなどで何度も訪れていました。
街歩きとネットを駆使して豊島区民一人一人の声を逃さない

基本的な仕事としては、区からの予算案や条例案に対して区民の方の意見も聞きながら精査をしていく仕事をしています。
一般質問では区内の方のご相談やご意見をお聞きして、自分の経験も踏まえながらアドバイスや提案をしています。
あとは区内を歩いて出会った方々に直接お話を伺って、道路の割れ目などの簡単なものから重大な問題までさまざまなお話を聞くので、その都度こちらでできることを相談しながら対応しています。
昔からネットが好きなのでSNSも活発に見て、できる限り意見を探しています。
豊島区でワード検索をするとたまに困ってそうな方がいらっしゃるので、こちらからお話を伺うようにしています。
やはり一番は区民一人ひとりの声を大事にしたいですね。
真面目で頼りがいのある区議会議員の方も多くいらっしゃる中で、私のようなちょっと不思議な議員に対しても声をかけてくださる方がいらっしゃるので、その方々のためにもできる限り誠意を持って対応しています。
少数派でも提案が実現する喜びと少数派故のもどかしさ

少数派で新人の自分でも提案した案が実現したときにすごくやりがいを感じます。
1期目の新人の時に、選挙に立候補する前から考えていた制度を提案したんです。
当時は会派も少数派でしたが、 区がしっかりと対応してくれて、自分が必要だと思った提案が予算化や実行に繋がるとすごく嬉しいです。
実際に私の提案が実現した例としては、訪問型病児・病後児保育の補助の対象の拡張や、豊島区からのバースデーカードの送付などがあります。
「病児・病後児保育」という、子どもが体調不良で学校や保育園・幼稚園に行けなくなった時にお子さんを預けられる制度があるんですけど、以前はこの制度の補助の対象が未就学児だったんです。
子どもが小学校に上がって体調不良になってしまった際になかなか仕事を休めない親御さんも多くいらっしゃいますよね。
そこで補助の対象を小学生まで拡大できないか提案させていただいて、予算化から制度作りまで繋がりました。
あとは、小さな変化かもしれませんが、選挙権を持つようになる18歳のお誕生日に豊島区からバースデーカードを送るという提案もして、実際に今は送られるようになっています。
一方で、多数決になったときの数の力について悩むことがあります。
私は良いと思ったことは評価して、悪いところはどんどん提言していくスタイルでやっていますが、反対意見や理由を言ったところで、結局多数決になってしまうと私の声は届かないんです。
少数派の会派としての意見が採用されるときもありますが、いざ多数決になったときにこちら側の意見がなかなか通らないのはすごくもどかしいです。
大塚とエンタメ文化を融合したカオスな街への期待

以前から大塚という名前は一応知ってはいましたが、豊島区議員として活動し始めて初めて大塚の地に足を踏み入れました。
大塚はすごい開発されているというわけではないので、昔からあるお店や商店が残っていたり、そこに昔から住んでる人もいらっしゃる一方で、学生や新しい人も多く入っていますよね。
活動の中で大塚の人とお話をさせていただく機会もあって、多種多様な方々がいらっしゃって、すごく面白い街だなと思っています。
近々「バンドリ!」という作品のコラボデザインマンホールが池袋に設置されるんですけど、この作品は大塚の駅前などもアニメ作品の中で出てくるんです。
これからバンドリファンの方々が聖地巡礼として訪れる街になるのではと期待しています。
こういうエンタメ文化とうまく融合できたら、新しいものが生まれて、大塚はもっと盛り上がると思っています。
子どもたち一人一人がやりたいことを継続できる環境を目指して
今後も自分の生い立ちを活かしながら、子どもに関する政策について取り組んでいきたいです。
特に子どもたちの体験格差を無くしていく取り組みに力を入れていて、様々な機会で発言や提案をしています。その結果、現在区では、子どもたちの体験格差の是正に向けた取り組みが進められています。
文化体験や都市型スポーツ(スケートボードやブレイクダンスなど)といった体験機会の創出や、地域や事業者と連携した取り組みなど、子どもたちの体験の場を広げる動きが出てきています。
そして、子どもたちが興味を持ったときに、それを続けているかどうかが大切だと考えています。
そのため、次の支援の段階として、そうした点も含めて更に取り組んでいきたいです。
育った環境などに関わらず子どもたち一人ひとりがやりたいことを続けられるような環境整備に、引き続き取り組んでいきます。
大塚を一言で表すなら?

大塚を一言で表すと「人が混ざりあうまち」です。
大塚には色々な人がいて、異なる文化が混ざり合うことでもっと面白くなっていくと思っています。
私自身、区議会議員ではありますが、まだまだ大塚を開拓しきれていないので、これから大塚にある色々なお店に行ってみて、行きつけのお店を見つけたいです。

