豊島区議会議員の細川正博さんは、大塚周辺を中心に活動しています。
議会や委員会での活動に加え、日々地域を歩き住民の声を聞くことを大切にしている細川さんに、区議会議員を志した背景やこれまでの歩み、地域から寄せられる相談、そして大塚の魅力と今後の街づくりについてお話を伺いました。
父の影響と大学での学びをきっかけに政治を志す

私の父は若い頃、政治家の秘書をしていました。
そのため、子どもの頃から、政治の仕事にはさまざまな人との交流があるのだと感じていましたね。
だから、政治に対する関心はもともと持っていたのだと思います。
大学では都市政策のゼミに入って、無駄な公共事業や税金の使われ方について学びました。
そこでの学びもあって当時の私は、税金が無駄に使われていることに強く正義感を刺激されました。
政治家がしがらみのために問題を直せないのであれば、政治家そのものを変えなければならない。
誰もやらないのであれば、自分がプレイヤーになりたい。
それが、政治を志したときの初期衝動でした。
大学を卒業するときには、早速父やゼミの先生、現役の国会議員秘書の方に、政治家の秘書として働くことについて相談しました。
政治家になる前に、まずは政治家の秘書になって修行したい旨を伝えたのです。
そこで三人から言われたのが、
「秘書にはいつでもなれるから、まずは社会人経験を積んだ方がいい」
ということでした。
そこで、まず財団法人に就職し、約10年間勤めました。
財団法人では、調査員としてアスファルトなどの建設資材が市場でいくらで取引されているのかを事業者に取材し、その価格を調査していました。
調査した情報をもとに、国や自治体が公共工事の予定価格を算出する際に使用する基礎資料を作成していました。
その後、勤めている間に政経塾の募集を見つけました。
「選考に通らなければ諦めがつく。通れば政治への道が開けるかもしれない」
と考えて応募しました。
そして入塾に至ります。
そして、ここでの経験が私のターニングポイントになります。
元々私は国会議員になることを目指していました。
というより、政治家=国会議員
だと思っていたのです。
しかし、政経塾で地方政治に触れる中で、地域の声を聞き、現場から政策を提言できる地方議会の面白さに気づきました。
私には、国政よりも地域との距離が近い地方政治の方が合っていると感じるようになるのはこの時です。
情報収集を軸にした区議会議員の活動

私は、区議会議員の活動を大きく分けると、「議会での活動」「地域での活動」「地域外での活動」の三つがあると考えています。
地域で活動する中では、政策の種になりそうな声を拾い上げることを大切にしています。政策のためだけに地域活動をしているわけではありませんが、地域の方々と関わることが、結果として地域の課題を知り、政策へと繋がっていくのです。
たとえば、大塚駅南口から向原まで続くバラロードのボランティアには、妻と一緒に十数年参加しています。
そのほかにも地元の商店街に所属し、活動に関わっています。
議会では、区民の生活に関係する条例案や計画を審議し、議決します。また、行政の取り組みをチェックすることも議会の役割です。
そのためには当然政策面の知識も必要ですから、常日頃から勉強や情報収集も続けています。
さらに私は、全国の超党派の議員の集まりにも参加しています。同じ党の人間とばかり過ごしていたら、思考が凝り固まってしまいますからね。
北海道から沖縄まで知り合いの議員がいて、意見交換をしたり、視察の際に現地の方を紹介してもらったりしています。
私の仕事はあくまで豊島区をより良くすることですが、そのためには豊島区にいるだけでなく、どんどん外に出ていくとも大切だと考えています。
地域の外で得た情報や繋がりを豊島区に還元することも意識していますね。
地域外のつながりが、骨髄ドナー支援制度へ
地域外で築いたつながりが、具体的な政策実現に繋がった事例があります。
それが、骨髄ドナーへの支援制度です。
超党派の議員や民間の方々との意見交換会で、白血病の元患者の方と知り合いました。
その後、元患者の方や骨髄バンクの関係者から話を聞く中で、ドナーになる方の負担が見えてきました。
ドナーが患者の方に骨髄を提供するためには、一定期間仕事を休んで入院しなければならない場合があるのです。
健康面だけでなく、仕事や収入の面でも負担が生じるため、ドナーへの支援が必要だという話になりました。
そこで私も制度の提言に関わり、豊島区では、東京23区で初めて骨髄ドナーを支援する制度がつくられました。
豊島区の中だけで活動していたら、この情報は入ってこなかったかもしれません。
さまざまな場所にアンテナを張り、いろいろな人と関係を築くことで、入ってくる情報の質や密度が変わることを実感した瞬間でしたね。
自分の考えを押し付けず、地域の人たちの活動を支える
私が大切にしているのは、地域の人たちの力を引き出すことです。
大塚は、町会や商店街などの地域コミュニティが強く、その人たちが街の活動を支えています。
私自身にも街に対して「もっとこうなった方がいい」という考えは一定ありますが、自分の考えを地域に押し付けるやり方は、地域政治には馴染みません。
地域の人たちが「こういうことをやりたい」と考えたときに、それを手助けする。
活動の妨げになっている規制があれば外し、逆に規制が必要であれば強化する。
そうした形で地域の活動を後押ししたいと考えています。
教育政策についても、同じ考え方を持っています。「教育」という言葉には、もともと力を「引き出す」という意味があると聞き、私の考え方に合っていると感じました。
子どもたちの力を引き出すためには、教育環境を整える必要があります。
教員が子どもたちと向き合う時間をつくるためには、教員の働き方を変えなければなりません。
ただし、働き方改革そのものが目的なのではありません。
あくまでも、教員が子どもと向き合い、子どもの力を引き出せるようにするための手段だと考えています。
私自身、子どもが生まれたことで、次の世代に大人として良いものを残したいという想いが強くなりました。
豊島区や日本の良さを次の世代につなぐために、自分は政治を通じて何ができるのかを考えています。
生活に関する相談を受け、行政や専門家につなぐ

区民の方々からいただくご相談の内容は、本当に多岐にわたります。
生活全般を網羅していると言っても過言ではありませんね。
街路灯が切れている、道路や設備が壊れているといった身近な相談もあります。
一方で、仕事が決まらない、体調が悪い、立ち退きのため住む場所に困っているといった、生活そのものに関わる相談もあります。
住宅に困っている方と一緒に区の窓口へ行ったり、不動産会社を回ったりしたこともあります。
相続や離婚など、弁護士、司法書士、税理士といった専門家の力が必要になる相談もあります。
学校とのトラブルについて相談を受けることもありますね。
どんなご相談においても、私が大切にしているのは片方の話だけを聞いて判断しないことです。
地域の方から相談された内容をそのまま行政にぶつけるのではなく、「このような相談を受けていますが、実際はどうなのですか」と行政側にも確認します。
そのうえで、行政の対応に問題があれば改善を求め、行政の対応が妥当であれば、そのことを相談者にも説明します。
相談者に寄り添うことは大切ですが、一方の意見をそのまま信じるのではなく、できるだけ公平に対応することを心がけています。
地域コミュニティの強さと、さまざまなものが共存する大塚

大塚の魅力は、地域コミュニティの強さです。そして、もう一つ挙げるなら、「懐の深さ」だと思います。
大塚には、さまざまなものが雑多に存在しています。それが無理なく共存しているのが、この街の面白さです。
大塚はチェーン店が少ないと言われますが、実際にはチェーン店もあります。ただ、チェーン店であっても、なぜか「大塚の店」という雰囲気になる。いろいろなものを受け入れながら、いつの間にか大塚らしくなっているのです。
私は、それが大塚のすごさだと思っています。
大塚は、あまりに洗練されてしまうと、逆につまらなくなってしまう街かもしれません。
新しい施設や企業が入ってきても、大塚の雑多さや個人商店の魅力を理解し、それを壊さない形で関わってくれているように感じます。
三業の歴史から続く大塚の飲食文化と個人店の魅力

大塚には、質の高い飲食店が多くあります。
かつて大塚では、置屋、待合、料亭の三つの営業が許可された「三業」の街として栄えていました。
全盛期には、多くの芸者がいたと聞いています。私が子どもの頃にも、通学中に三味線の音が聞こえることがありました。
接待の街として栄えた歴史があるため、飲食店の水準が高く、その名残が現在にも続いているのだと思います。
日本酒を造っている街ではないのに、日本酒のおいしい店が多いことでも知られています。
大塚を一言で表すと?

「懐の深いまち」
雑多なもの、新しいもの、昔からあるものを受け入れながら、それらを大塚らしいものにしてしまう。
そんな懐の深さが、大塚の魅力だと思います。

